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「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:熊本悦明

南アフリカのセメンヤ選手が“両性具有”とジャーナリズムの記事に大きく取り上げられている問題について、医学的に解説する

 

§両性具有の女子スポーツ・金メダリスト
 8月にベルリンで行われた世界陸上選手権の女子800m競走で、金メダルに輝いた南アフリカのキャスター・セメンヤ選手(18歳)が、その男らしい体格から性別に疑問が持たれ、医学的な検査を受け、精巣を持っていることが確認されたと報告されています。そして“両性具有”という言葉がジャーナリズムの記事に大きく浮かび上がっている珍しい事件として人々の関心を集めています。
 
 その世間の好奇心的報道に対して南アフリカ大統領は“プライバシーの侵害であり人権を尊重しない、その様な検査をしたことは理解できない”と強く抗議していることも報ぜられています。
 
 では、本当に珍しい事件なのでしょうか。長年国内の国際スポーツ大会での女子選手のセックス・チェックに関与した筆者からすれば、このような事件は当然起こるべくして起きたエピソードであると理解しているのです。
最近の国際スポーツ大会でのセックス・チェックが、“人権主義の声”に押されて実施されなくなって、はや数年になりますが、今まで何も問題にならなかったのが不思議な位で、事件となるのがむしろ遅過ぎたといえるのではないでしょうか?
 
 それは何故?という疑問に対し医学的に解説をするのは、大分長々と説明しなければなりませんが、問題点を理解していただくためには仕方がないので、少し詳しく説明することにします。
 
 最大の問題点は男性と女性とでは身体の筋肉の発達が大きく異なります。筋肉発達の良い男性のスポーツ記録が女性のそれよりかなり秀でていることは、改めて説明するまでもない常識的なことですが、この性差を創り出しているのが男性ホルモンなのです。
 その為、女性選手は勿論のこと、男性選手もその筋肉の発達、筋力増強を狙っての男性ホルモン服用がよく行われているのです。それをドーピングといい、その様な作為的な筋力増強で記録を上げるのは卑怯な恥ずべき行為であるとして、スポーツ選手が厳しくチェックを受けているのです。それでもなおその様なひそかな男性ホルモンによるドーピング事件が後を立たず行われています。最近の北京オリンピックでもハンマー投げ競技で、ドーピングが判明し上位2人が失格したので、日本の室伏選手が金メダルを追贈されたことはまだ読者の記憶に新しいことでしょう。

 このように、男性ホルモン投与によって記録の更新を狙うドーピングにスポーツ界では神経をとがらせ、それが犯罪的なものであるとの立場をとっています。その一方で男性ホルモン投与による筋力増強は非常に厳しい姿勢で臨んでいるスポーツ界が、今回のような男性半陰陽のlife-longドーピング問題に対する対応がかなり遅れていて、見識が定まらないのが問題なのです。
 
 そもそも人間の男女の性別は、精巣より分泌される男性ホルモンにより決められているのです。性染色体がXXの時は卵巣が、XYの時は精巣が出来るのですが、Y染色体の誘導の下で母体内で胎児が創られ始め、この頃精巣が出来ます。その精巣より分泌される男性ホルモンの作用で男の外性器が形成されるのです。

 人間全て、母体の中で生き物としてスタートする時は、女性型の外性器なのです。ところが、精巣が出現し男性ホルモンが分泌されると、女性外性器が男性化してくるのです。詳しく説明しますと、小陰唇がクリストスの先まで、左右融合して尿道が作られたあと、クリストスが大きく延長肥大してペニスが出来上がるのです。そして大陰唇が左右融合して陰嚢が出来、その中に体内にあった精巣が下りてくるのです。

 

 ところが、その精巣から分泌される男性ホルモンが充分でないと、その女性外性器の左右融合が完成しないで、左右に割れた女性外性器の融合が中途半端に終わり、男性型より女性型に似た半分割れたままの形で生まれてきてしまうのです。

 出生時の男女性別判定は、殆どの赤ちゃんが正常なこともあり、外性器所見で行われているのですが、前述の様な中途半端な左右融合症例は、精巣の有無のチェックなど医学的に検査が求められます。
 最近の先進国では、殆どの出産時において医師が立ち会う病院分娩であるため、その様な症例の性別判定も、医学的に誤りの無いように行われていると言ってよいといえます。ところが、十分な医療体系が国全体に及んでいない所謂開発途上の国々、例えばアフリカその他の田舎では、出産はあまり医学的知識の無い老婆や助産婦が立ち会うことが少なくなく、不完全融合の外性器を持つ出生時を、“女”と判定してしまう可能性が高いのです。 その様な症例を医学的には男性半陰陽と呼んでいます。
 今ジャーナリズムは両性具有などという表現で報告してますが、それはギリシャ・ローマ時代の医学的知識の無い時代の名詞で、下図のように性器が男性型でよく発達した乳房を持つ文学的イメージを体現した人のことなのです。現代の医学に立っていえば、そのような人は男性でクラインフェルター症候群と診断されているもので、正確に両性具有と言うと、卵巣と精巣の両者を持つ真性半陰陽といい、これはまた今回の問題は全く別のもので、極めて稀なものなのです。

 今回のセメンヤ選手の様な女子は男性半陰陽といい、男性性分化を充分実行し得なかったとしても、一応精巣をもっているのに、誤って女子として育てられた症例になるわけです。
 その様な症例は二重の意味で男性化してきます。
 第1は、母体内にいる時期に、外性器の男性化は不十分でも、それなりに男性ホルモンが作用して中間型性器にまで作り変えた訳で、その男性ホルモンは同時に脳の男性化も或る程度行っており、それにより性格的には正常女性よりも男性化していて、積極的な性格形成が行われて、スポーツ向きの性格をしている可能性が高いのです。
 その上第2段階として、その様な女子と誤認されていても、思春期になると男性として、その精巣が正常男子程の男性ホルモン分泌はしないにしろ、それなりに男性ホルモンを分泌する為に、正常女子群に比べればかなり男性ホルモンが多く、心身ともに男性化が進んでくることになるのです。
 その為、正常女子群に比べると、かなり男性的身体発達や性格的にも積極的攻撃的傾向が強く、スポーツ選手として頭角を現してくることが非常に多いのです。筆者は臨床上そのような症例をかなり診療しておりますが、殆どの症例は女子としては体力が優れている為に、何らかのスポーツ選手になり、学校や地域を代表する選手になっていることが少なくありません。一例を紹介すると下図の様な生い立ちになるのです。

 これは客観的医学的立場から言えば、life-long、生まれてから連続的にひそかに進んでいるドーピング、即ち女子として生まれる前から現在までゆっくり男性ホルモンドーピングが生理的に行われていたことになる訳です。本人はそれと気付かないとはいえ、ドーピングを厳しく制限しているスポーツ界の視点に立てば、これ程強力な男性ホルモンのドーピングは無い訳で、絶対排除すべきものといえましょう。
 事実1932年と1936年にオリンピック陸上選手として金と銀のメダルを幾つか手にしたステラ・ウオルシュさんが強盗に殺害されたので、検死解剖した所、精巣が発見されたという有名なエピソードがあります。それを契機にミュンヘンオリンピックからセックス・チェックが行われるようになった訳です。
 その後のオリンピックや、その他の国際スポーツ大会ではセックス・チェックが行われるようになり、1大会で2~3人位は疑わしい者が出て、その場合は、例えば競技に出る前に怪我をしたとして出場を見合わせるなどの、医学的対応がなされていたはずです。
 しかし、この様な純医学的なオリンピック委員会の発想に対し、比較的先進国参加の多い国際陸連グループから、この女性選手のセックス・チェックは人権問題であるという強い提起があり、まさに科学か人権かの間に大きなぶれが生じてきた訳です。そのセックス・チェック中止を巡って、ローザンヌのオリンピック本部で医学関係者の検討委員会も開かれ、筆者も参加してセックス・チェックの重要性を力説した思い出もあります。その折は、科学的立場から継続するという結論が出されましたが、その後も女性側からの人権主義的意見の圧力がさらに強く加わり、遂にロンドン・オリンピックからは、セックス・チェックが取り止めになったのです。
 オリンピック参加国の現在の医療状況からいえば、出生時に男性半陰陽であるにもかかわらず、医療状況が整っていないため、性判定が女性とされてしまう可能性のある国は世界的に少なくなく、未だに今回の様な症例は少なからずある筈ですから、当然女子として参加している男性半陰陽症例で晴れのメダルを手にする可能性は高いともいえます。
 医学者の立場からすればセックス・チェックを中止すれば、その様なエピソードは必ず起こると確信していましたし、前述したにように、むしろ問題が起きるのが遅すぎた(発見されずにいることが少なくない為か)、と感じていた所です。
 今回の症例は、診察だけで精巣ありと判定されたと報告されていますが、それは、筆者も経験したような小さな精巣が下腹部の鼠徑部より外に下りている程の、かなり男性化の強い例と考えられる、強いlife-longドーピング症例であると推定されます。
 今回の事例で問題なのは、選手の母国の大統領が“これは女性の人権侵害であり、その様な検査は理解できない”と発言していることです。
 片や薬物使用ドーピング検査の驚くほどまでの感度上昇による精密なチェックシステムで、男性ホルモンドーピングの対策発展を右に置きながら、女性人権尊重という名の下に、極めて目の粗い篩での素人の男女判定により生まれる男性半陰陽のfreeパスを許しているという、極めて相反する処置をしています。今回の事例は、この様な症例への対応がゆれている訳です。問題が起きてから慌てているのです。
 正常の女子選手達が必死に技を磨いて挑む競技の勝敗や記録の厳しさに感動しつつ、スポーツ競技を評価しているのに、このような極めて大きなBlack Boxが、人権問題として隠れていることを、人々は如何考えるかということになります・
 一部の人は人権こそ最優先であり、その様な症例があっても止むを得ないことと見過ごすべしと言う立場を、強く主張されています。むしろそれが今や賛同されていると言って良いかもしれません。それなのに、今回問題として世界的に取り上げられてきているのです。
 筆者はその問題の選手が現れた場合、その当人にとっては大変なショックな話ではありますが、長い経験から、医学的に静かに対応し、正しい性に、即ち男に性転換してあげ、以後の長い人生を幸せにしてあげるべきではないかと信じています。性を変えず黙って女性として放置し、その後の人生を生きても、当然不妊であり、どこまでも女性として、生物学的ハンデキャップを抱えながら人生を終えることが幸せになるかどうかは、大きな問題点といえると思います。もちろんそれぞれの人生観や生活環境にもより判断は変わりますが。

 個人の人権といっても、それはそれとして極めて深刻な問題ですが、単にそれを原理主義的発想のみから議論するのではなく、本人の人生一生の問題として検討すべきでると、医師の立場からは感じているところです。
 それにまた、スポーツ記録重視の評価姿勢や、ドーピング検査の理念とどの様に、この男性半陰陽問題を解決すべきなのか、広く議論すべき所と言えましょう。いずれにしても読者の方夫々が、どの様にセックス・チェックの意義を判断し,この様な事件に対する判断を下すべきかを、考え纏めてみてください。

>>>『男をもっと知って欲しい』バックナンバーはこちら

 

筆者の紹介

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熊本 悦明(くまもと よしあき)

日本Men’s Health 医学会理事長
日本臨床男性医学研究所所長
NPO法人アンチエイジングネットワーク副理事長

著書
「男性医学の父」が教える 最強の体調管理――テストステロンがすべてを解決する!
さあ立ちあがれ男たちよ! 老後を捨てて、未来を生きる
熟年期障害 男が更年期の後に襲われる問題 (祥伝社新書)

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