アンチエイジングニュース

「アンチエイジングの専門家がナビゲート」(ガイド:塩谷信幸)

エドモンロスタンの戯曲「シラノドベルジュラック」

 

人はみな何がしかのコンプレックスを抱えて生きています。

容貌であろうと、家柄であろうと、学歴であろうと。

その多くは努力で改善できる。しかし容貌は生まれついてのものであり、変えることはできません。

形より心と人は言う。しかし、その心が形に裏切られたとき、その心の傷は計り知れないものがあります。その最もよい例をわれわれはフランスの古典、シラノドベルジュラックに見ることができます。

シラノドベルジュラック?え、それ何?

まさか!

エドモンロスタンの戯曲を読んだことがなくても、その名前ぐらいは聞かれたことがあるでしょう。

十七世紀のフランス。シラノという当代無双の剣士がいた。剣を持たせれば当たるものなし。一人で80人をなで切りにしたという。又、詩人でもあった。即興のバラードで、気に入らない奴をこき下ろす。

だが問題はその鼻だった。当人の言葉を借りれば、その“哀れなでっかい鼻”のために、従姉ロクサーヌへの恋もあきらめていた。

そのロクサーヌに心を奪われたのが、シラノの同輩、クリスチャンでした。彼は絶世の美男子であった。だが、彼は言葉を操るすべを知らなかった。

ロクサーヌは恋人に甘い言葉を要求する。

見かねたシラノは、ロクサーヌのため、クリスチャンに手ではなく舌をかし、恋文の代筆をし、宵闇に乗じて甘い恋の口舌を代行し、すり替わったクリスチャンは首尾良くキスを奪うことが出来る。有名なバルコニーの場面です。やがてクリスチャンは戦場にかり出され、戦死し、残されたロクサーヌを、シラノは従兄として慰め続ける。だがそのシラノにも最後の時が来る。その時ふとしたことから、ロクサーヌは自分の恋の相手はシラノだったと真実を悟る。だが、シラノはそれをがんとして認めないまま、息を引き取ります。

恋を譲った男の心意気を鮮やかに描き出したキャラクターとして、シラノは多くの女性の、又男性の心をつかんできました。

ところで今なら、シラノも何とか美容整形をこっそり訪れて、ちょっくらおれの鼻を削ってくれんか、と言ったでしょうか。そうしたら作者のエドモン・ロスタンも困ってしまうでしょうね。そればかりかシラノの愛読者の皆さんからは、そんなことを考えることすら、あの名作に対する冒涜とお叱りを受けるかもしれませんね。

わかります、わかります。シラノの美学はそんな次元をはるかに上回った、高い高い天空を駆け巡る、それがあの作品の醍醐味なのですから。

しかし、凡人は悲しいかな、なかなかシラノのような心意気を貫き通すことができない。そして内にこもってコンプレックスを抱き続けることとなります。

つまり自分の真摯な気持ちをたとえば出っ歯が裏切ってしまう。清らかな想いも、伝えようとする顔のあざで台無しになってしまう。

自分の発信したいメッセージとその媒体である己が容姿とのブザマな乖離。

もし医学がそのギャップをうずめることができるのなら、われわれは歯を矯正し、目を二重にし、鼻筋を通してコンプレックスの解消に手助けをすべきでないでしょうか。

そうすれば初めて、当人も肉体のくびきから開放され、精神の高みへと飛翔をはじめることができるのではないでしょうか。

Written by 理事長 塩谷信幸

筆者の紹介

塩谷先生

塩谷 信幸(しおや のぶゆき)

NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授
東京大学医学部卒業。フルブライト留学生として渡米し、オルバニー大学で外科および形成外科の専門医資格を取得。帰国後、東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科講師を経て、北里大学形成外科教授、同大学名誉教授。 現在、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療と研究に従事。日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展の尽力するかたわら、NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行なっている。

  • facebook Share
  • Tweet
  • LINE

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう
最新記事をお届けします

カテゴリ一覧