アンチエイジングニュース

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最初の患者は、とある政治家夫人であった。
芝公園の森の一郭に、洒落たレンガ造りのレストラン「クレセント」がある。
戦後間もなく出来たこの日本初の本格フレンチレストランは、政治家のお気に入りでもあった。
その2階の個室の庭を眺める窓際の席で、僕は夫人とその娘さんとロゼを口にしながらフェイスリフトの手術について説明をしていた。
夫人は70歳位だったろうか。
生憎と軽い肝障害がおありとのことで、不要不急の手術は諦めて頂かねばならなかった。 その代わりにというのも変な話だが、娘さんの方が鼻の手術を受けることとなった。
その娘さんは、その後40年に亘り、お腹の脂肪取り、フェイスリフトなど、美容整形手術のほとんど全てを受けることとなる。

1_鏡よ鏡(2)若返りの術1

ところで、このフェイスリフトは20世紀の初めにスタートしたが、誰が創始者かははっきりとしない。
その頃は、今以上に美容整形に対する偏見があり、まともな外科医は隠れて施術を行っていたからである。
パリのマダムノエルもその一人だが、彼女の場合は隠れてはおらず、公開された記録が今に残っている。
医師のはずだが、なぜマダムと呼ばれたのか、調べてみなければ分からない。
マダムの手術は、エステサロンのような、当時としては瀟洒しょうしゃなクリニックで行われた。
こめかみ辺りの皮膚を、紡錘形に切除し縫合することで頬の皮膚を吊り上げる、簡単なものであった。
手術後、患者はサロンでお茶のサービスを受けたと言う。
これではまだ効果が薄いので、その後の外科医達により工夫が加えられ、次第に皮膚切除の範囲も広がり、やがて耳の周りに切開を加え、広範囲に顔の皮膚を剥がすのがスタンダードとなった。

 

頬の皮膚の真下には、顔面神経が網の目のように走っている。皮膚の剥離は、この神経を傷つけぬよう慎重に行う必要がある。
そしてまた顔の皮膚は、血管網に富むので傷の治りはいいが、出血を起こし易い。この手術は大変気骨が折れるといったのは、このためである。
その後、皮膚の吊り上げだけでは効果が持続しないという事で、筋膜、更には骨膜までメスが入るようになった。
しかし、これも手間とリスクの割には効果が今一つである事が分かり、近年手術範囲は縮小傾向にある。
さらに最近は、レーザーやヒアルロン酸注入の導入で、メスを使わない、いわゆる非侵襲性の手段が好まれるようになってきている。

Dr.SHIOYA2 塩谷 信幸(しおや・のぶゆき)
アンチエイジングネットワーク理事長、北里大学名誉教授、
AACクリニック銀座名誉院長、創傷治癒センター理事長

現在、北里研究所病院美容医学センター、医療法人社団ウェルエイジングAACクリニック銀座において診療・研究に従事しているほか、日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員として形成外科、美容外科の発展に尽力するかたわら特定非営利活動法人 アンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問としてアンチエイジングの啓蒙活動を行っている。

【著書】
一年で一歳若返る/アンチエイジングのすすめ(幻冬舎)
美容外科の真実/メスで心は癒せるか?(講談社)
40代からの/頭と体を若返らせる/33の知恵(三笠書房)
「お若いですね」と言わせよう。(ゴルフダイジェスト)
など
ブログ『アンチエイジングブログ!』更新中

 

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